Increment Everyday

毎日プラスになったらいいなあ。

ブログを始めるときはいつも土佐日記を思い出す。

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ブログはじめました。

なぜ紀貫之土佐日記で性を操る手法を選んだのか?

日記やブログというものの「始まり」を意識すると、いつも紀貫之土佐日記を連想する。
「男性が女性のふりをして書いた文章」とだけ表現してしまうと、ずいぶんとあっけないものだ。だけど、その裏には表現を制限するジェンダー規範に対する風刺とか、自分が求める表現のための手法としての性操作であったり、社会的な固定観念に対するカウンターの意義もあったのでは、と思う。
高校の時、古文の授業で土佐日記が扱われた時、クラスの人達がこの作品をオカマだのなんだのぞんざいに扱っていたのを今でも覚えている。もっと深いところに意味があるんじゃないかとか、ある種の抑圧みたいなものを想像して息苦しさを覚えたりとか、画期的な手法に感動したりとか…そんな感じで感慨深かったのだろう。
とはいえ、そういう類の話が実は全然深いこと考えずにテキトーに書きました☆なんてのもよくある話なので、冗談半分に考えてはいるけれども。

今日の体調

  • 朝:徹夜でしこしこPHPを書いていたような気がする。銀チョコWとピーナッツ揚げを貪るように食べる。本当はもっと味わって食べたいのに、ボーっとしながら作業のように口に運んでいる。作業だと考えると、その効率とスピードはなかなかのものか。気分は中の下。
  • 昼:午前中はPHPの続き。昼飯に白米とチキン南蛮。それなりに味わって食べられた気がする。午後はお昼寝。
  • 夜:ブログ立ち上げのためいろいろ調べたりカスタマイズしたり。カスタマイズは楽しそうなので、そのうちまたやろう。
  • 総評:長時間の作業は効率も落ちるし注意力が散漫になるからよろしくない。けど集中し始めると休憩する・辞めるという選択肢が頭の中から消え去る。もはや意地なのでは。

エンジンがかかると長時間集中して作業するよって話をすると「好きなんだね~」ってよく言われるけど、違う気がする。「長時間それをしても苦にならない」ことと、「時間を忘れるほどそれが好き」ことは、イコールじゃないと思うんだよなあ。コードを書いたり作りたいものを考えるのは苦じゃないけど、うまくいかないとイライラするし、作業中に「楽しい!」って感覚は一切ない。それを「好き」だと言ってしまっていいのだろうか。自分の中で「好き=プロフェッショナル」の図式が成り立っているので、自分が満足するまで好きになることはないらしい。完璧主義なのも災いして、結局いつまで経っても好きだと言えない気がする。好きってなんなんだろうね。